将棋のプロ棋士は、数年前の対局を記憶している。
純粋に記憶力がいいというよりかは、
既に身に付けた定石を核として、
そこからの誤差を覚えれば、いいだけなので、
ほとんど新たに覚えることがないことが鍵。
日常生活でも同じことが起きている。
ただ、将棋と違って、一定の方向性に向かって
能力が向上するわけではないので、
あまり、特異な才能としては現れにくい。
2013年7月21日日曜日
2013年4月25日木曜日
2013年4月1日月曜日
日本社会は衰退しました
日本社会が経済的に衰退し始めて久しい。
だが、日本人の国民性というものは昔からたいして変わっていない。
たまたま、世界の情勢が日本人の良い部分が出る城代が全世紀の数十年に渡って続いていただけであり、
個々最近は日本人の悪い部分が出やすい情勢になっただけである。
変化に対する対応が遅い国民性がグローバル化社会にとって致命的になったということだ。
だが、日本人の国民性というものは昔からたいして変わっていない。
たまたま、世界の情勢が日本人の良い部分が出る城代が全世紀の数十年に渡って続いていただけであり、
個々最近は日本人の悪い部分が出やすい情勢になっただけである。
変化に対する対応が遅い国民性がグローバル化社会にとって致命的になったということだ。
社会という概念が完全になくなった時、人類は知的生命体として新たなる段階に達する
社会とは広い意味でのコミュニケーション全体の集合である。
コミュニケーションが必要になるのは、各個体の持つ情報がお互いに共有されてないからである。
各個体ごとの情報共有に時間がかからなくなった時に人類は全体として1つの知的生命体になる。
人類全体の生存のために必要な活動の多くが機械等によって自動化されてきている。
機械以外の部分でも自動化、効率化が図られている。
生身の人間が行うのは、そういった機械、システムを動かし続けるだけの補助的な仕事のみになっていく。
高度に発展した社会では、人類全体が生命活動を維持するのに必要な仕事に要求される能力というのは昔のように特別な才能ではなく、すでに過去の偉人によってつくられた、システムを動かすためにどうしても必要となる部分に限られる。
そこでは、個性は必要とされず、決められた動作を一定時間性格にミスなくこなせばよいことになる。
必要なものをつくって必要な場所に届けるという動作に人間活動の多くの部分が割かれる時代は暫くは続いていくだろう。
コミュニケーションが必要になるのは、各個体の持つ情報がお互いに共有されてないからである。
各個体ごとの情報共有に時間がかからなくなった時に人類は全体として1つの知的生命体になる。
人類全体の生存のために必要な活動の多くが機械等によって自動化されてきている。
機械以外の部分でも自動化、効率化が図られている。
生身の人間が行うのは、そういった機械、システムを動かし続けるだけの補助的な仕事のみになっていく。
高度に発展した社会では、人類全体が生命活動を維持するのに必要な仕事に要求される能力というのは昔のように特別な才能ではなく、すでに過去の偉人によってつくられた、システムを動かすためにどうしても必要となる部分に限られる。
そこでは、個性は必要とされず、決められた動作を一定時間性格にミスなくこなせばよいことになる。
必要なものをつくって必要な場所に届けるという動作に人間活動の多くの部分が割かれる時代は暫くは続いていくだろう。
2013年2月7日木曜日
2012年9月27日木曜日
2012年2月24日金曜日
統合失調症に対する考察
情報が次から次へと湧いてきて、その情報の間の関連性が付けられなくなっている状態。これが、統合失調症お本質ではないか?思考力が働いている、間は、情報を整理して、自分の思う方向へまとめることが出来たり、記憶を引き出すまでの忍耐力を発揮して、
目標がはっきりしないこと、忍耐力が極端に落ちている状態。これが統合失調症の本質ではないか?
体制に従順になることで、大人になることは可能だろうか?むしろ大人になるための成長過程を遅らせるのではないか?
大人とはなにか?子供とは何かということを追求していくと、大きな矛盾にぶつかる。
早く大人になることが、十年後大人になることを阻止する、
子供っぽい人間が、まともな大人になることもある。子供や大人という性質は、もっと根本的な性質が表面的に表れたものにすぎないのではないか?もっと根本的な要素に分解して、その要素について、考えないと、いけないのでは?
また、大切な前提として、理想の子ども、理想の大人というものは現実空間には存在しないことがあげられる。
早く大人になることが、十年後大人になることを阻止する、
子供っぽい人間が、まともな大人になることもある。子供や大人という性質は、もっと根本的な性質が表面的に表れたものにすぎないのではないか?もっと根本的な要素に分解して、その要素について、考えないと、いけないのでは?
また、大切な前提として、理想の子ども、理想の大人というものは現実空間には存在しないことがあげられる。
ゼロベース、芸術ベース、意識すること
勉強の基本は重要な点に半ば強制的に意識を向けることにある。
これに、大きな落とし穴がある。
たとえば、英語の勉強する時に、重要なポイントたとえば、イントネーションなどを意識しすぎた場合、発音問題は完璧に解けるようになったとしても、実際に英語の発音は滅茶苦茶になることがあり得る。人工的に的を絞って、習得するのではなく、ネイティブの発声を完全にコピーすることを目指さなければならない。人工的に細部を意識することは大きなマイナスになるだろう。「何も考えずに」一切の予断を捨て、勉強する必要がある。多くの場合、これとは正反対の方向性の勉強をする羽目になることが多いだろう。
これに、大きな落とし穴がある。
たとえば、英語の勉強する時に、重要なポイントたとえば、イントネーションなどを意識しすぎた場合、発音問題は完璧に解けるようになったとしても、実際に英語の発音は滅茶苦茶になることがあり得る。人工的に的を絞って、習得するのではなく、ネイティブの発声を完全にコピーすることを目指さなければならない。人工的に細部を意識することは大きなマイナスになるだろう。「何も考えずに」一切の予断を捨て、勉強する必要がある。多くの場合、これとは正反対の方向性の勉強をする羽目になることが多いだろう。
ハングリー精神の限界
ハングリーであることは必ずしもプラスに働かない。
すぐに手に入る満足に飛びつきがちになってしまうのではないか?
むしろ、徹底して満たされていることが深いことをやるのに重要なのではないか。
すぐに手に入る満足に飛びつきがちになってしまうのではないか?
むしろ、徹底して満たされていることが深いことをやるのに重要なのではないか。
2012年2月17日金曜日
暴力とちから
システムがしっかりとした現代において、暴力をふるうメリットが極めて少なくなってしまっている。ケンカがいくら強くなっても、法律には勝てない。また、頭がよくなれば割と優位に立てる場合も多いが、いくら頭がよくなったところで制度に阻まれることは少なくないので、限界はある。どうしても閉塞感というか不毛感は残り続けるものである。
人間以外に心のよりどころがあると、人間に対して余裕を持って接することが出来る。
人間に依存しすぎるのは危険である。自分の状態が不確定な他人に左右されやすくなるので、不安定な状態になりやすい。心のよりどころとなるものの一つに、人間以外のものを持っているとかなり心強くなる。
企業に勤めている人々はみんなとは言わないが極端に他人のことを悪くいうタイプの人間が多い。
ストレスが高い状態にさらされているからか、とにかく人の悪口しか出てこない連中が多い。人間関係は少ない方が基本的にいい。多くの人間と関わっていると、よほど対人スキルが高くない限り圧倒的なマイナスになる。
なんだかんだいって、金持ちの坊ちゃんは優秀だと言わざるを得ない。
金持ちのボンボンは人間のクズのように言われることが多いが、実際ふたを開けてみると、ずば抜けて優秀な事が多い。いわゆる二世が親の力だけで、上に行くように言われることが多いが、本人に一般人では到底届き得ない能力を持っている事も重要な要素になっている。親が優秀であれば、当然子供はその背中を見て育つ訳だから、究極の英才教育を受けているようなものだし、環境がよいので、能力を上げやすいのと、鬱屈しにくいので、性格がよくなるなど、あらゆる面でいい部分がある。そういうこともあって、金持ちで能力がないやつは本当に救いようがない。
怒りを全て能力に変換できるか
人間の負の感情は基本的に足を引っ張るだけで、プラスにならないが、負の感情自体をいい方向に変えるのは難しい。負の感情を強烈な推進力に変えられるテクニックが欲しい。良い例ではないが、ヒトラーやゲッべルスなどは負の感情を過激な行動力に変えている。また、他人の負の感情をうまく誘導し、利用するという面で、テクニカルな側面では学ぶべきことがある。
恐怖で萎縮させられるのが当たり前だという感覚をいち早く捨てるべき
極端に抑圧されて、萎縮させられる状態だと、確かに、必死に頑張らざるを得ないのだが、それはかなり不健全な状態だと言える。監視がキツイ間は頑張るが、人が見てないところでは、とことんまで怠ける習慣がつく。そして、そういう状態が慢性的に続くと、圧力をかけられても頑張ることはできなくなり、やがて、廃人になる。
2012年2月10日金曜日
羽生善治さんのすごさ
子供の時に天才だった人間はごろごろいると言えば、言い過ぎかもしれないが、それなりの数いる。だが、そのほとんど、というはほぼ全員はぱっとしない人生を送るか、場合によっては普通以下のレベルに落ちてしまう。
羽生さんは子供の時に天才であっただけでなく、四十を過ぎても最前線を走り続けている。
これは、本当にすごいことなんだろうなと思う。
年齢に応じて柔軟に生き方を変えていくことと、
走るペースを抑えて、自滅しないようにすることが
カギなんだろうと思う。
あとは、好奇心を失わないことだろう。
羽生さんは子供の時に天才であっただけでなく、四十を過ぎても最前線を走り続けている。
これは、本当にすごいことなんだろうなと思う。
年齢に応じて柔軟に生き方を変えていくことと、
走るペースを抑えて、自滅しないようにすることが
カギなんだろうと思う。
あとは、好奇心を失わないことだろう。
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